「自然が破壊されないように、みんなで自然を守りましょう・・・なんて

いうのは人間のおごりです。」

たまたまかけていたラジオから聞こえてきた、

ヨット冒険家白石康次郎さんの言葉だ。

彼は単独無帰港世界一周を経験している。

たった一人で大海原を走ってきて、自然の偉大さも恐ろしさも周知して

いるだけに、その重みのある言葉は久しぶりに胸をジーンと熱くした。


どんなに文明が進化しても、何億年も絶えることなく生き続けてきた

偉大なる自然の前では、人間の力なんてはかない塵のようなものだ、

ということだ。

大地震が起きたらひとたまりもないことを考えれば、当然すぎる話だ。

私たちは自分の都合のいいように自然を利用していると思う。

「自然を守りましょう」というのは、実は自分たちの生活が不自由に

なっては困るからであって、純粋に自然の恵みに感謝し、本気で

守ろうとしている人は少ないのかもしれない。


白石さんは航海中、窮地に陥ると座禅を組むのだそうだ。

座禅を組んでただひたすら自分と向き合っていると、自分本位の

マイナス面が見えてくるが、それでもひたすら自己を見つめていると

やがてフィルターが取れたようにクリーンになって、物事の本質が

はっきり見えるようになるのだと言う。

逆に言えばはっきり見えないから判断に迷うのだと言う。

今、世界中で食べ物が品薄になったり、価格が高騰したりしているのは

自然環境とは別問題で、あくまでも私たち人間側の問題だ。

この窮地を脱するためには、利己主義や利害関係や責任転嫁という

フィルターを取り払って、物事の本質をきちっと把握しないと

対処のしようがない。


「因果応報」 

今あるこの事態は、こうなるべくしてなってしまう種を蒔いてきたからに

他ならない。

自分で蒔いた種は自分で刈り取らなくてはいけないことを、「自然」が

教えてくれている。